May 30, 2011
数年前に始めた不動産投資
今人気の資産運用方法は、中古ワンルームマンションによる不動産投資のようだ。自分も数年前に不動産投資を始めたのだが、不動産会社の人の話は、自分が山の周りは、中古ワンルームマンション価格そこだったということだ。いい時に買ったものだと思う。今後は、中古ワンルームマンションの販売も考えている。今後のマンション事業は受難の時期です。数年前までは、団塊の世代の転勤や単身赴任があり、その子が大学に入学アパートの需要があったが、ここ数年、どこを見てもアパートの空き部屋が目立つ。特に、規制緩和で大学が増えたが、学生が定員割れで準備した学生マンションの入居者がない。それで借金著者返済に困っている大家さんが、建てたマンションを売却しているのが実情だ。今後のマンション事業は、受難の時代を克服するためにも、新たな知恵を持って前のアパートの管理が要求されます。
◇明治天皇、横浜とのかかわり
18日は「海の日」。横浜開港資料館に提供されたスイス人貿易商カスパー・ブレンワルドの日記を翻訳した高村直助東京大名誉教授(74)=日本近代史=は「明治天皇と横浜と海の日の由来」を解読した。
ブレンワルドは幕末から明治にかけ、横浜で駐日スイス総領事も務めた。16年間の日記が3年前、スイスの会社から提供された。
明治9(1876)年7月20日に「ミカド(明治天皇)が北日本からお帰りになる日。領事団も出迎えたが、無駄足だった。ミカドは午後10時に着き、すぐに伊勢山(離宮)に向かった」と書かれている。
これは明治天皇の東北巡幸で、7月18日に函館から英国製の灯台視察船「明治丸」に乗り、20日午前中に横浜に到着予定だった。明治天皇にとって初の長い船旅だった。
高村名誉教授は「『明治天皇紀』によると、海が荒れ、天皇や側近もみな船酔いで食事も取れなかった。到着が遅れたため、外国領事らは待ちぼうけに終わった」と指摘する。
翌21日の日記は「僕らはミカドが鉄道の駅で列車に乗り込むとき紹介された」と記す。天皇は汽車で新橋に帰って行った。
横浜到着の7月20日を記念した「海の記念日」が1941年に制定され、それが96年に祝日の「海の日」に。03年に現在の第3月曜日になった。
高村名誉教授は「横浜は明治天皇巡幸が縁で『海の日』とゆかりができた。日記の多くは未翻訳で、歴史秘話が飛び出す可能性がある」と期待する。【網谷利一郎】
7月18日朝刊
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◇精肉店で販売
高濃度の放射性セシウムを含む稲わらを与えられていた福島県の肉牛が出荷されていた問題で、県は17日、食品衛生法の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を超える放射性セシウムが検出された牛肉が小田原市の精肉店で消費者に販売されていたと発表した。仙台市内で処理され、同じ牛の肉が流通していた山梨県の検査で680ベクレルの放射性セシウムが検出された。今月8、9日に約22キロが販売されたという。
また横浜市も同日、東京都の検査で2300ベクレルの放射性セシウムが検出された肉11・3キロが同市青葉区の精肉店で販売されていたと発表した。都内で処理され、6月23日以降に切り落として販売されている。また670ベクレルの放射性セシウムが検出された肉10・5キロが同市瀬谷区の精肉店で消費者に販売されていた。
川崎市も、横浜市内で処理された肉約45キロが高津区と麻生区のスーパー2店舗ですべて販売されたと発表した。【高橋直純】
7月18日朝刊
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鎌倉市内で地域安全活動に携わるNPO「鎌倉ガーディアンズ」(大津定博代表)が企画した東日本大震災の被災地を訪問する「今、自分ができる事を考えるツアー」が17日あった=写真。参加者は4カ月が過ぎてもなお残る大きな傷痕を見つめ「もし自分の町だったら」と息をのみ、被災者を思いやった。
同ツアーは、被災状況を視察し、地域の安全を考えることにつなげるなどの目的で開催。約420人の申し込みがあり、抽選で80人が参加した。
一行はJR仙台駅からJR仙石線に乗り継ぎ、宮城県松島町の松島海岸駅でバスに乗り換え、駅舎や列車が津波にのみ込まれた同県東松島市の野蒜(のびる)駅に向かった。途中の車窓からは、たくさんのがれき、自宅の片付けなどに追われる住民やボランティアの姿が見えた。参加者は目の当たりにする光景にため息をついた。
その後、市の3分の1が津波の被害を受けた同県多賀城市を訪問。菊地健次郎市長や同市社会福祉協議会の飯田典美会長らから、津波発生時の状況やこれまでの復興の取り組み、今後どんな支援が必要かなどの説明を受けた。
参加した西田靖子さん(67)は「一瞬のうちに日常の生活が奪われたことがわかった。本当につらいこと」と目を伏せた。【松永東久】
7月18日朝刊
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