Apr 28, 2010
コールセンターのお姉さんには頭下がります
コールセンターの女性陣は本当に頭が小さくなります。クレーム処理でご予約の受付までお電話1本で相手と会話し、時には不平を言い、時にはいたずら電話を受け、それでいつも電話口では笑顔で処理できます。コールセンターで働きたいとは決して考えていない自分がいるとは到底考えられません。女性は本当に強いと思っています。電話代行ビジネスは、小規模な会社での電話の仲介を代行します。電話をかけてくる人に対して確実に要件を聞いて会話することです。留守することで、ビジネスチャンスを逃すこともなく、部材することで、相手に失礼になることもありません。起業間もない人や、外国企業の駐在員など、いくつかの会社が電話代行を利用しています。
巨人のドラフト1位・沢村拓一投手(23)=中大=が14日、デビュー戦となる15日の広島戦(マツダスタジアム)の勝利を誓った。「チームが勝つことだけを意識する」。巨人の大卒ルーキーとして初登板初先発で勝利投手となれば、1960年に完投勝利を収めた青木宥明(故人)以来51年ぶり。勝利への投球3か条〈1〉先頭打者を抑える〈2〉1、2番を封じる〈3〉本塁打厳禁―を胸に、セ単独首位のチームを開幕3連勝に導く。
目つきが変わった。沢村はマツダスタジアムでの練習を終えると、マウンドに立つ姿を思い描いていた。「今までは内容を意識してきたけど、ここからはチームが勝つことだけを考えます」。プロ第一歩を踏み出す決意を、「勝利」の2文字に集約した。
デビュー戦では、期待の新人にふさわしい偉業に挑む。大卒ルーキーが初登板初先発で勝利を飾れば、球団では60年の青木以来。99年に新人で20勝を挙げた上原をはじめ、半世紀以上も実現できていない記録だ。「先輩2人(東野、内海)が素晴らしい投球をして、いい形でつないでくれた。無駄にすることなく、僕自身も勝つことだけを意識して臨みたい」。開幕2連勝したチームの勢いをさらに加速させるため、執念を燃やしている。
手本は目の前にある。川口投手総合コーチは「昨日(13日・対ヤクルト)の内海のような投球が出来れば」と話した。「(6回7安打3失点の)由規と被安打の数がそれほど変わらなかったでしょ」と、8回途中まで8安打されながら無失点だった左腕の好投を分析。チームの柱にふさわしい投球を見た沢村も、刺激を受けた。帽子のひさしの裏には、内海同様に、右ふくらはぎ肉離れで戦線離脱した中大の先輩・阿部の背番号「#10」を記した。
勝利を呼び込む上で、重要なポイントは3つだ。
《1》先頭打者を抑える 常日頃から新人右腕が口にしている。相手の得点力を封じるほか、先頭を出塁させないことで打者に集中できる場面が増え、球数減にもつながる。
《2》1、2番を封じる 広島も足が速い梵と東出が打線の鍵を握る。クリーンアップにつなげないためにも、特に警戒する。
《3》本塁打厳禁 川口コーチから〈2〉とともに説明されたように、13日は相手先発・由規がソロ2本を打たれたのに対し、内海は気迫の攻めで被弾なし。右腕も持ち前の強気の攻めで、一発を封じる覚悟だ。
開幕前の1軍実戦登板6試合では防御率1・23だった。本来の投球で3項目をクリアすれば、勝利がグッと近づく。原監督も「今できる力で相手にストレートに挑んでいってほしい。俺も戦うからと言いました。彼はしっかりしている。闘争心も克己心もある。原少年の1年目よりはるかに上ですよ」と期待した。
球場ではブルペンに入らず、時折笑顔を見せながら打撃練習などで最終調整した。「気持ちの高ぶり? 今はないけど、当日になったら、やらなきゃいけないという、いい緊張感で投げられると思う」。プロのマウンドが、すぐそこに待っている。
◆巨人・沢村のこれまで
▼10年10月28日 巨人からのドラフト1位指名に感激の涙。「2ケタ勝てるように準備したい」
▼同11月15日 契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円の最高条件で仮契約。
▼11年1月29日 宮崎合同自主トレでプロ入り初ブルペン。中大の先輩・阿部と初コンビで、「抑えが務まるくらいの球威だったよ」と高評価を受けた。
▼同2月15日 宮崎キャンプ紅白戦でプロ初実戦。2回を無安打無失点、最速149キロの衝撃デビュー。
▼同3月3日 今季の“東京D開幕戦”となった西武戦で、オープン戦初登板。4回1安打無失点。中島、中村らから4三振を奪った。
▼同3月24日 ヤクルトとの合同実戦練習に先発。プロ入り後最速の154キロをマークし、5回2安打1失点。
▼同3月25日 4月15日の開幕3戦目・広島戦(マツダ)でのプロ初先発が内定した。
◆1960年のプロ野球界 西鉄(現西武)を3年連続日本一に導いた三原監督が、6年連続最下位の大洋(現横浜)入りし、開幕6連敗からセ・リーグ初制覇。6連覇を逃した巨人はシーズン後、水原から川上に監督が交代した。パ・リーグは榎本、山内、田宮の強打者トリオに左腕・小野を擁した大毎(現ロッテ)が10年ぶり優勝。日本シリーズでは大洋が4連勝で日本一を達成した。
◆青木 宥明(あおき・ひろあき)1937年4月18日、静岡・熱海市生まれ。関東学院大から1959年オフに巨人入団。背番号56で60年の開幕3戦目(対国鉄)に初登板し、完投勝利を挙げた。その年は5連勝を含む6勝を挙げ、将来を期待されたが、故障に泣いて62年を最後に引退。実働2年間で通算47試合登板、8勝4敗、防御率2.93。01年11月に食道がんのため、64歳で亡くなった。
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