Apr 05, 2011
安くて品質の良いクリアファイル
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外務省は22日、外交文書のファイル291冊を公開したが、71年11月に外務省から牛場信彦駐米大使に宛てた公電で、尖閣諸島の領有権を主張する中国側への反論は望ましくないとする記述も見つかった。
この中では、「尖閣がわが国の領土であることは余りにも明(ら)かなところであり、交渉の対象となりえざるものであるとの立場をとっており、中国側の主張に反論するが如(ごと)きことを行うのは得策ではない」としている。当時は日中国交正常化前で、中国、台湾が尖閣諸島の領有権を主張し始めていた。今年9月の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の際には、日本が領有権を強く主張してこなかったことへの批判も起きたが、外務省では70年代からこうした対応を決めていたことが分かった。
外務省は22日午前、沖縄返還を巡る交渉記録などの外交文書のファイル291冊を東京・麻布台の外交史料館で公開したが、68年6月に下田武三駐米大使が外務省に送った沖縄返還の日米交渉に関する公電からは、同年11月に初めて行われた琉球政府主席公選で、保守系候補の選挙資金に米側が関与していた可能性を示唆する記述もあった。
主席公選では、革新系の屋良朝苗氏が保守系の西銘順治氏との選挙戦を制した。
公電によると、米側の政府高官は「ニシメイ第1でのぞんでいる」と西銘氏の当選が望ましいとの考えを表明。選挙情勢について「本土自民党の援助が手遅れになることを最も心配し、在京米側より党に対しオキナワへの選挙資金送金方法改善方につき直接申し入れを行った」としている。
昭和47年の沖縄返還直前の日米交渉の過程が、22日公開された外交文書で明らかになった。米側は沖縄に核兵器などがあるかないかについての明言を拒否、こだわる日本側に高官らがいらだちを募らせながらぎりぎりの交渉を行っていた。一方、極東国際軍事裁判で終身刑になったA級戦犯の減刑を日本政府が各国に働き掛けて実現させた実態も判明、第二次世界大戦後の日本の置かれた状況の一端が明らかになった。
■米「あいまい戦略」貫く
今回明らかになったのは、昭和46年11月の沖縄返還に関する日米交渉。福田赳夫外相がジョンソン米国務次官に「核抜き・本土並み」返還の証明を求める野党対策として、返還時に大統領宣言などで核の不存在を明らかにするよう要請し、米側が拒否した。核配備を否定も肯定もしない「あいまい戦略」を貫くために要請を受け入れなかったとみられ、日本側が沖縄に核撤去の確認チームを派遣することも拒んでいた。
福田氏は「返還時には、核は沖縄に存在しない旨を大統領の宣言または首相への書簡によって明らかにしたい。(事前に)国会で宣言が出ると発言したい」と要請。米側は最終的にロジャーズ国務長官から、福田氏宛て書簡で応じた。
福田、ジョンソン両氏の会談は11月13日で、その内容は同15日付の福田氏から駐米大使宛ての公電に記されていた。ジョンソン氏は「米側としては新たな措置は必要ないと考えている」と拒んだ。
しかし日本側は強く要望。駐米大使は11月15日付の公電で、国務省担当者から「大統領を巻き込むことは好ましくない」として、ロジャーズ氏から福田氏宛ての書簡で対応するとの返事があったと伝えた。
この担当者は「日本側が核撤去の確認チームを派遣するようなことは、米側としては応じられない」とも強調。既に公表されている米側公文書で、米側からの書簡発出の条件として在沖縄米軍基地の核の査察を行わないことが条件となっていたとされており、これを裏付ける内容だ。
一方、米国のマクナマラ国防長官が昭和42年、琉球政府の松岡政保主席に対し「沖縄占領に至る根本的原因は、日本が真珠湾を攻撃したことにある」と述べていたこともわかった。安全保障上の観点よりも「核抜き・本土並み」の復帰を優先して求めた沖縄と日本側へのいらだちを表した発言とみられる。
■「10人は高齢」配慮要請
日本政府が減刑を求めたのは、終身刑となった木戸幸一元内大臣らA級戦犯10人。岸信介首相とダレス米国務長官との昭和32年6月の合意を踏まえ、その他の関係国に働き掛けていた。
33年1月23日付公電などによると、日本政府は米国を通じ、当時仮出所中だった10人について英国やフランス、カナダなど関係7カ国に非公式に打診していたが進展はなかった。こうした中、マッカーサー駐日米大使から藤山愛一郎外相に対し、「本件促進のため、わが方(日本政府)よりも直接関係国にその内意を打診してはいかんとの示唆もあった」という。
これを受け、外務省の板垣修アジア局長は、関係国の一つパキスタンのマリク駐日大使と面会。「いずれも既に11年9カ月以上服役し、服役中も善行を続けてきておりかつ老齢でもある」として、直ちに刑期を終えるか15年に減刑するよう「好意的配慮を得たい」と要請した。大使は「趣旨は十分了承した」と応じた。
極東国際軍事裁判(東京裁判) 米英仏、ソ連、中国などの連合国側が第二次世界大戦後、「平和に対する罪」や「人道に対する罪」で、戦争指導者として日本の政治家や軍人ら28人を起訴した。裁判は昭和21年に始まり、23年に判決。東条英機、広田弘毅両元首相ら7人が絞首刑、16人が終身禁錮刑の判決を受けるなど、途中死亡者ら3人を除く25人全員が有罪となった。日本は判決受け入れを明記したサンフランシスコ講和条約に署名し、国家主権を回復した。噂のデータ復旧ですか?
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